世界でたったひとつの贈り物――というと少し大げさかもしれませんが、実際、名前やメッセージが入ったお酒のボトルをもらうと、その瞬間だけで特別な気持ちになります。
私は、そんな“特別”をつくるお仕事をしています。
使っているのは「サンドブラスト」という彫刻技法です。
砂を高圧で吹きつけてガラスの表面を削り、文字や模様を浮かび上がらせる。
“砂で描くアート”とも言えるかもしれない。
サンドブラストは、一見シンプルな作業に見えますが、実際にやってみると、奥の深さに驚かされる毎日です。
まず、お酒ボトルのラベルを剥がし、専用のボンドを塗る。
デザインを決めてマスキングシートを作る。
マスキングシートをボトルに貼り、削りたくない部分をぴったり覆って、砂が当たる場所だけを残す。
ほんのマスキングの貼り付けが少しズレただけで、文字の印象やボトルの雰囲気がまったく変わってしまうんです。
この下準備が、作品の美しさを決めるといってもいいほどに、大事な作業です。


0.1ミリの世界を手で感じる
下準備を終えるとついに砂を吹きつける工程へ。
エアコンプレッサーのスイッチを入れると、「ブォォォ」という低い音が工房に響き渡ります。
この音を聞くと、また一日が始まったな、と感じます。
砂がボトルに当たる音は、「シャーッ、シャーッ」とやわらかく、ほんの0.1ミリ削るだけで、光の反射がどんどん変わっていきます。
ボトルやデザインによって深く削る部分と、あえて浅く削る部分を分けています。
例えば名前や強調したい文字はしっかり削り存在感を出していく、逆に細く繊細なラインや小さな文字は、あえて浅く削ることで一文字一文字が綺麗に浮かび上がらせることができるのです。

砂を吹き付けながらこの微妙な違いを感じ取るのは、目よりも“手”なんです。
音の高さ、砂の抵抗、ボトルの振動・・・・全部が仕上がりのヒントになりますが、なによりも手で感じ取ることが一番のヒントになっています。
深さが生む“美しさ”と“永遠”
サンドブラストの最大の魅力は、その立体感だと私は考えています。
彫りの深さによって、ボトルの雰囲気や存在感がすべて変わります。
特にウイスキーの琥珀色の液体がボトルの内側から光を受けると、彫刻文字が金色に縁取られる瞬間があり、まるでボトル自身が“想いを照らしている”ような、とても美しい姿を見ることができます。

そしてもう一つの特徴は、時間が経っても消えないこと。
サンドブラストで削った文字は、インクでもシールでもない。
ボトルの一部そのものに刻まれている。
年月を重ねても、洗っても、拭いても、決して消えることはありません。
それは、“想いを永遠に残す”という、ギフトとしての最高の価値でもあると思います。
ガラスという素材の“個性”とも向き合う
お酒のボトルって、ぱっと見はどれも似ているように見えるけれど、実は一本一本、ぜんぶ違うんです。
厚みがちょっと違ったり、表面がすこしマットだったり、カーブの角度が微妙に変わるだけで、同じように砂を当てても仕上がりがまったく変わってしまう。
だから私は、ボトルを一本ずつ“その子の性格を知るように”見ています。
「このボトルはしっかり者だから、やさしく削ろう」
「この子は繊細だから、少しずつ時間をかけて」
そんなふうに、対話するような気持ちで作業しています。
最初のうちは、正直そこまで意識していませんでした。
でもある日、同じデザインを彫ったのに、ボトルによって文字の光り方がまったく違ったんです。
ガラスは、人の手でつくられたものだけど、その日の温度や流し込み方、ほんの小さな違いが表情を変える。
まるで人と同じように、個性があるんです。
だからこそ、一本一本に向き合う時間を大切にしたいと思っています。
少し手間がかかっても、その分だけ“想いの深さ”が刻まれていくから。
完成の瞬間、いつも思うこと
マスキングを剥がす瞬間のあのドキドキ感は、何度経験しても変わりません。
文字や模様がきれいに浮かび上がったとき、思わず小さく「よし…!」とガッツポーズをしたくなることもあります。
でも、それ以上にうれしいのは、「このボトルを手に取った人の顔」を想像する瞬間です。
友達の誕生日に贈られたときの笑顔だったり、結婚のお祝いに届いたときの喜びだったり。
その人の生活や思い出の中に、私が彫った文字がそっと寄り添う――そう思うと、胸がじんわり温かくなります。
一つのボトルに込められた時間や想いは、砂を吹き付けて削るほんの数分の作業だけではありません。
デザインを考え、マスキングを丁寧に貼り、削る力加減を調整する…。
そのすべてが、完成したときにボトルから伝わる“特別感”につながっているんだな、と改めて感じます。
そして、そんなボトルを受け取った人が、ラベルの裏に隠された小さな秘密――名前やメッセージを見つけた瞬間の笑顔を思い浮かべると、やっぱり涙が出そうになることもあります。
仕事の楽しさや難しさ、集中している時間のすべてが、その一瞬のためにあるように思えるんです。
サンドブラストで彫る作業は、一見地味かもしれません。
でも、0.1ミリの世界で手を通して感じる喜び、光の当たり方で変わる表情、ガラスと対話しながら刻む時間――そういうすべてが重なって、世界でたったひとつの“特別な贈り物”が生まれます。
完成したボトルをそっと手に取り、光にかざして眺めると、文字がふわりと浮かび上がり、時間も空間も越えて、贈る人と受け取る人をつなぐ魔法のような瞬間がそこにあります。
そのとき、私はいつも、こんな素敵な仕事に携われていることに、心の底から感謝しています。
